【Malang】

監督:モーヒト・スーリー  Mohit Suri
出演:アーディティヤ・ローイ・カプール、ディシャー・パターニー、アニル・カプール、クナール・ケームー

2020年2月7日公開

トレイラー

ストーリー
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ゴア警察のアガシェ刑事(アニル・カプール)はかつて真面目で優秀な刑事だったが、数年前のある出来事をきっかけに汚職まみれの警官に成り果てていた。あるときアガシェに殺人予告の電話が来る。こともあろうに殺害の対象はアガシェと同じ警察署の刑事だ。そしてアガシェの警戒にもかかわらず、カーニバルの喧騒に紛れて殺人は実行された。アガシェは後輩のロドリゲス刑事(クナール・ケームー)が止めるのも聞かず、なかば暴走気味に犯人を追いかけ始める。しかし、やがて同じく警官を狙った第2の殺人が起きる。

予告電話の主は近ごろ刑務所を出所したばかりのアドヴァイト(アーディティヤ・ローイ・カプール)。彼は5年前、自由を求めてゴアの地を訪れ、そこで同じく自由を求める女性ラーラー(ディシャー・パターニー)と出会う。2人は自由を求めて一緒に旅を始める。

だが、なぜアドヴァイトは殺人の予告電話をアガシェに掛けたのか。そもそもなぜ警官が殺害されるのか。そして5年前、アドヴァイトとサーラーの2人なにが起きたのか。やがて明かされる衝撃の真相。
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【Aashiqui 2】(2013)、【Ek Villain】(2014)など、叙情性のある独自の世界を持つ作品で知られるモーヒト・スーリー監督の新作です。同監督の作品は【Murder 2】(2011)、【Ek Villain】などのスリラー系と【Aashiqui 2】【Hamari Adhuri Kahani】(2015)、【Half Girlfriend】(2017)などのラブストーリー系の2つがありますが、【Malang】は前者のスリラー系です。

主演は【Aashiqui 2】などで知られ、最近では【Kalank】(2019)に出演のアーディティヤ・ローイ・カプール。ヒロインにディシャー・パターニー。アニル・カプールとやはり【Kalank】に出演のクナール・ケームーが重要な脇役で出演しています。

これまでモーヒト・スーリー監督の作品はほとんど観ていますが、実は私、あまり相性が良くない監督でした。比較的初期の【Awarapan】(2007)などまあまあ良かったと思った作品も含め、目に付いたのはストーリー構成のバランスの悪さです。スーリー監督は特に韓国映画からのストーリーのパクリが多い監督とされていますが、なんか他所から持ってきたストーリーを大していじらずにインド映画に仕立てただけという気がしていました。あの【Ek Villain】ですら、初見時には主人公(シッダールト・マルホートラ)の人物描写が不十分なところが気になり評価を下げていました。

しかし、同監督の【Hamari Adhuri Kahani】(2015)辺りから、この監督の作品の見かたがわかってきました。ラブストーリーとスリラーの2つの要素がある作品の場合、どちらかを主にしてもう一方を従にすることはせず、どちらも目一杯ストーリーを展開させます。そのため両者のつながりがいびつになっても目をつぶっています。それぞれを十分に楽しんでくださいというような考え方なのかと思います。

【Malang】も中間に5年前のアドヴァイトとサーラーの出会いから始まる恋愛パートがかなり長い回想シーンとして割り込んできます。アーディティヤ・ローイ・カプールとディシャー・パターニーの肉体美もあってそれ自体としては悪くないのですが、現代のスリラー部分とどのように絡んでくるのかがなかなか見えてきません。というよりも、観終わったあとでも果たして両方のパートが有機的につながっていたのかは疑問です。

スリラー部分は意外性(ネタバレ、ぜったいダメ)もありますが、むしろ出演者が醸し出す不気味な雰囲気のほうが魅力です。こちらも作りの緻密さよりも監督独自のスタイルで魅せている感じでした。

モーヒト・スーリー監督のスタイルはすでに確立しているし、観る側もだいぶ慣れてきて、十分に楽しめる作品になっています。逆に同監督作品が初めての人は少し戸惑うかもしれません。

音楽
「Malang」

 

「Humraah」

 

「Phir Na Milen Kabhi」

 

アーディティヤ・ローイ・カプール  アドヴァイト役

【Fitoor】(2016)、【Ok Jaanu】(2017)と名監督の作品がヒットせず、大作【Kalank】(2019)では地味な役とあまり良いところがありませんでしたが、本作では殺人マシーンを思わせる演技もあり、良いイメージチェンジになったのではないかと思います。

ディシャー・パターニー  サーラー役

相変わらずスーパー・ボディを惜しげもなく見せつけていましたが、役としては【Ek Villain】のシュラッダー・カプールのようにはなりませんでした。【Baaghi 2】(2018)でもどこか物足りませんでした。登場時間は短かったもののなかなか良かった【Bharat】(2019)のような極端な役のほうがいいかもしれません。

アニル・カプール  アガシェ刑事役

俳優の格にモノを言わせた感じでした。他の俳優たち(アニル・カプールに比べたら全員若手)が熱演するなか余裕の演技で、それでも美味しいところを持っていきます。

 

クナール・ケームー  ミカエル・ロドリゲス刑事役

一時はスランプかと思いましたが、【Kalank】(2019)は周りの大物たちに一歩も引けを取らない好演で一気に調子を取り戻した感じです。本作もやはり好演でした。

 

 

このほかエリー・アヴラムがドラッグから身を持ち崩した外国人娼婦の役。意外にハマり役で良かったです。

【Malang】
モーヒト・スーリー監督ならでは世界を味わいたい人、「ロドリゲス」なクナール・ケームーを見たい人、アーディティヤとディシャーのすごい肉体を見て我が身を反省したい人、おすすめです。

【Shikara】

監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー Vidhu Vinod Chopra
出演:アーディル・カーン(新人)、サーディヤー(新人)

2020年2月7日公開

トレイラー

 

ストーリー
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ジャンムーの難民キャンプに暮らすシヴ(アーディル・カーン)とシャンティ(サーディヤー)の初老夫婦。2人は1980年代末に故郷のカシミールを追われたヒンドゥー・パンディットだ。ある日、2人の元にアメリカのホワイトハウスからの手紙が舞い込む。シヴが故郷を追われたヒンドゥー・パンディトの苦境を歴代米大統領に訴え続け、約30年後の今になってようやく返事が来たのだった。大統領は次のインド訪問時に会いたいと告げ、アーグラの高級ホテルに2人を招待した。

ホテルに着いた2人は高級すぎる部屋に戸惑いながらも、これまでの日々を回想する。最初はインド映画ロケでの出会い、知人の結婚式など楽しい思い出だったが、やがて過激派の横行、そして難民となっての逃避行と苦難の日々の記憶がよみがえる。
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インドからの独立を要求して猛威を振るったカシミール地方のイスラム教過激派のため、故郷を追われることになったカシミールのヒンドゥー教徒夫婦の話。【3 Idiots】(2009)(『きっと、うまくいく』)などのプロデューサーとして知られるヴィドゥ・ヴィノード・チョープラーがインド映画では【Eklavya: The Royal Guard】(2007)以来の監督。主演の2人は新人です。

ヒンディー映画とカシミール地方は深い関係があり、さまざまな映画でカシミールが描かれてきました。シャルミラー・タゴールのデビュー作【Kashimir Ki Kali】(1964)やシャシ・カプールの代表作【Jab Jab Phool Khile】(1965)など風光明媚なカシミールはまさに理想のロケ地でした。それが一転、【Mission Kashmir】(2000)、【Yahaan】(2005)、【Tahaan】(2008)、【Shaurya】(2008)、【Haider】(2014)など、活動を活発化させたイスラム教過激派とそれを抑えるために派遣された政府治安部隊がにらみ合う重苦しい映画が作られていきます。しかし、そうした中でもカシミールのヒンドゥー教徒「ヒンドゥー・パンディット」を描いたものはありませんでした。

作品は1980年代初頭のまだ平和だったカシミールから始まります。主人公の2人が出会うのはインド映画のロケにエクストラとして出たのがきっかけというのは象徴的です。それが80年代終わりごろになるとイスラム教過激派が活発化し、やがてヒンドゥー教徒はカシミールにいられなくなります。本作のキャッチフレーズでもある「自分の国での難民」の生活の始まりです。

しかし、【Shikara】でのカシミールのヒンドゥーとムスリムの対立の描かれ方はこれまでのカシミールを舞台にした作品に比べるとずっと穏やかです。ムスリム住人の中にも主人公たちを助ける人々もおり、また過激派組織もある理由から主人公夫婦には手を出しません。また、難民となったあと主人公たちを助けようと近寄るヒンドゥー教徒たちも必ずしもカシミールを尊重していないといった風に描かれます。そして何よりも作品全体を通じて主人公たちはイスラム教徒を非難することなく、あくまで自分たちの個人史を物語るという姿勢が貫かれていました。

後述するようにこのような「非常に政治的な問題を政治的に語らない」という叙述方法が本作が批判される原因となりました。しかし、【Shikara】は政治的主張を声高に語らずともカシミールのヒンドゥー教徒が受けた苦難を確実に伝えています。逆に政治的なメッセージを込めても伝わらない作品もあることを考えれば、上記の批判がいかに的外れかわかると思います。

新人の2人は新人らしからぬ落ち着いたいい演技でした。もっとも、監督が与えた役割を忠実に果たしたという意味でのいい演技で、多少優等生過ぎる感じでもありました。本作だけでは2人が今後どうなるかを言うことはできません。

これまであまり取り上げられてこなかった問題、そしてインド以外ではあまり知られていない問題を静かな語り口で描く作品です。残念なことに外野でいろいろ起きてしまいましたが、自分の目で確かめてみるだけの価値はある作品です。

音楽
「Shukrana Gul Khile」

1980年代カシミールでの結婚式を再現。

 

「Ghar Bhara Sa Lage」

 

「Mar Jaayein Hum」

 

アーディル・カーン  シヴ・クマール・ダル役
ラジオ・ジョッキー出身だそうです。リアルの写真を見るとふつうのハンサムなお兄ちゃんといった感じなのが、本作では文弱、学者タイプになれていたので、演技の素質はあると思います。

 

 

 

サーディヤー  シャンティ役
こちらはあまり前歴がわかりませんでしたが、おそらく演劇かなにかで演技経験はあるのでしょう。少し地味な印象ですが、しっかりした演技でした。

 

 

 

シャルマン・ジョーシーがシャンティの兄の役、プリヤーンシュ・チャタルジーがシヴの恩師役でどちらも特別出演くらいの登場。

 

【Shikara】の公開前にカシミールのヒンドゥー教徒の苦難がテーマであることが明らかになったときは、イスラム教徒からの反発が予想されました。カシミールの過激派や分離運動を鎮圧するために派遣されたインド政府軍の一般市民(イスラム教徒)への暴力行為を無視して、ヒンドゥー教徒が被害者であるように描かれるのはけしからんという意味です。そして、実際に公開の差し止めを求める訴訟がありました。

ところが公開されてみると批判は主にヒンドゥー側からでした。公開直後、【Shikara】を観たという女性が激しく怒るビデオがネットに流れ、その後ツイッターなどで作品ボイコットの呼びかけがなされました。反対派の主張は主に「カシミールの状況の事実を歪めている」、「カシミールのヒンドゥー教徒の苦難を正しく描いていない」というものでした。しかし、【Shikara】では主人公夫婦は故郷のカシミールを追われて現在に至るまでジャンムーにある難民キャンプ(といってももう一つの町のようになっています)で暮らしており、故郷に戻ることはできません。つまり、ふつうに観たら十分に苦難を描いているように見えます。

それではなぜ【Shikara】がこのように批判されたのかというと、カシミールのヒンドゥー教徒の描き方がヒンドゥー至上主義者およびそれに基づく政治勢力、政治思想が提示する「事実」に従っていないためです。こうした人々は「カシミールはインド(この場合はヒンドゥー教徒と読み替えてください)のもの」という立場から、「カシミールのヒンドゥー教徒はカシミールを不当に支配するイスラム教徒によって暴力的に追い出された」という主張をしています。彼らからすると、【Shikara】にはそうしたイスラム教徒を非難する主張がみられず、重大な政治的問題を個人の物語に矮小化しており、「『事実』を歪曲」していることになるわけです。

実際に作品を観てみれば、こうした批判がいかに偏ったものであるのかは一目瞭然だと思います。

 

【Shikara】
あまり知られていないカシミール現代史の一側面を見たい人、不当な批判にさらされた作品を観ることで擁護したい人、おすすめです。

観たい!2020年4月編

インドにおける新型コロナウイルス感染拡大に伴うロックダウン(都市封鎖)実施中のため、

今月の公開予定作品は0本。

Bollywoodhungamaのカレンダーでも4月中の公開作の記載はありません。
http://www.bollywoodhungama.com/movie-release-dates/

10年以上このコーナーやってますが、公開予定0本はさすがに初めてです。

 

上記、「エイプリル・フールでした!」とやれたらどんなに良かったか。「観たい!」のタイトルがこんなに似合う月もありません。

現在のところロックダウンの期間は4月14までですが、延長される可能性もあり、またロックダウンが終わってもすぐに劇場オープンというわけにはいかないと思います。そのため劇場で映画が見られるのはまだまだ先になりそうです。

とはいえ現在のコロナ禍が過ぎ去り、晴れて劇場再開となった暁には、延期されてきた大作の公開ラッシュで待ちわびていた観客が劇場に押し寄せ、大ヒット連発になるかもしれません。ぜひ、そうなってもらいたいものです。それまではインド映画「過去作品」という大海に潜ることにしましょうか。