監督:メーグナー・グルザール Meghna Gulzar
出演:ディーピカー・パードゥコーン、ヴィクラント・マイシー
2020年1月10日公開
トレイラー
ストーリー
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マルティ(ディーピカー・パードゥコーン)はデリーの女子高に通うごく普通の女子学生だった。しかし、ある日のこと白昼の街中でアシッド・アタック(酸攻撃)に遭って顔面にひどいやけどを負い、その人生は一変する。
マルティは顔面の形成手術を受けながら、現実と折り合いを付けつつ事件の裁判に出席する日々が続く。だが、病気の弟やアル中の父、困窮する家計などのなか、そんな生活すらままならなくなっていく。そんなある日、アシッド・アタック被害者の救済や酸の販売禁止要求をしている社会活動家のアモール(ヴィクラント・マイシー)との出会いはマルティにとっての転機となる。マルティはアモールとともに酸の販売禁止を求める運動に関わっていく。
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日本ではアシッド・アタックなる犯罪を身近に想像できる人は少ないのではないでしょうか。女性の顔面に強酸を浴びせ、火傷を負わせるというものです。理屈のうえではどこの国でも起こりえますが、特にインドでは非常に多くの女性がアシッド・アタックの被害に遭っています。それはなぜなのか?
ディーピカー・パードゥコーンが実在のアシッド・アタック被害者で、酸の販売禁止運動に関わったり、テレビのパーソナリティなどで活躍するラクシュミー・アガルワールという女性をモデルにした役を演じます。監督は前作【Raazi】(2018)でフィルムフェア賞最優秀作品賞、最優秀監督賞などを受賞したメーグナー・グルザール。ただし、現実の事件をモデルとしたという点では【Chhapaak】は監督の前々作でデリーでの二重殺人事件を扱った【Talvar】(2015)に近いかもしれません。
タイトルの「chapaak」は水の音である「パチャ」とか「パシャ」という意味。本作では恐ろしいことにそれが強酸の音になります。【Chhapaak】の制作が発表されたとき、そしてその後ディーピカーのビジュアルが発表されたときはさすがに衝撃でした。なんといってもボリウッド・ナンバーワン美女のディーピカーが敢えて顔に特殊メイクをする役作り。一方では非常に関心があったものの、正直なところもう一方では少し観に行くのを躊躇する気持ちもありました。
実際に観てみると、やはりディーピカーがここまでしてやりたいと思った理由がわかりました。確かにアシッド・アタックが起きるとニュースに取り上げられるものの、被害者への配慮からか、それとも被害者を「触れたくないもの」としてみなす感情からかはわかりませんが、被害者の「その後」が知られることはあまりありません。それを自ら世に出ていくことでアシッド・アタック自体を明るみに出したのが本作のモデルになったラクシュミー・アガルワールであり、彼女を描く【Chhapaak】であり、彼女を演じるディーピカーなのです。
もっとも、作中での主人公マルティの人物像やストーリー構成などは悪い意味ではなく、ちょっと意外でした。マルティはアシッド・アタックという非人道的な犯罪の被害者でありながら、ひたすら悲劇のヒロインというわけでもなく、それとは逆に怒りに燃え、復讐を誓った闘士でもありません。もちろん事件直後は痛々しいですが、しばらく後を描いた場面では、むしろ家計の事情を気にして仕事を探していたりと(なかなか見つかりませんが)、妙に現実的です。
ストーリーも被害者を描くドラマというよりは裁判モノです。前半は事件の裁判、後半は酸販売の禁止を求める公益訴訟が展開します。舞台も事件の初審であるセッションズ裁判所や高等裁判所、公益訴訟では最高裁と三審すべての裁判所が出てきます。
法律絡みで興味深かったのが、マルティ側が裁判を進めるにあたって、アシッド・アタックを適切に罰することができる法律が存在しなかったというところ。弁護士同士の話で紹介されるのですが、法律では強酸をかけるのは熱いコーヒーをかけるのと同じ扱いで、刑法の規定では量刑が最大で禁固7年、刑に処せられても実際には2年ほどで出られてしまうそうです。マルティは画期的な判決で量刑10年を勝ち取ります。
ストーリー構成も変わっていて、犯行の瞬間(強酸が掛けられた)は何度も回想シーンとして出てきますが、事件に至る過程についてはほとんど明らかにされないままに終盤に向かい、最後にようやく映像で真相が明かされます。
この「真相」のほかにも、現在でも発生続けているインドのアシッド・アタックの事件数、酸が薬局で簡単に買えてしまうことやその驚くべき安さなど、アシッド・アタックをめぐる事実が作中ではいろいろと取り上げられており、知っているようで知らないアシッド・アタックの背景を知ることができます。
作品の雰囲気は事件の凶悪さや残虐さを考えるとむしろ淡々としており、そのへんが作品としての面白さに欠けると考える人もいるかもしれません。しかし、おかしな脚色をしないというのはメーグナー・グルザール監督のこの問題に対する誠実さの表れではないかと思います。
インドの社会問題と真摯に向き合う姿勢がうかがえる作品です。
音楽
「Chhapaak」
「Khulne Do」
「Nok Jhok」
ディーピカー・パードゥコーン マルティ役
ディーピカーの顔の特殊メイクはトレイラーだけでもかなりすごいですが、本編ではもっとです。わずかな回想シーンを除いて全編が顔に傷を負った状態での演技です。いい演技をしても外見が注目されてしまう過去作品とは反対で、外見の美しさをいわば「封じた」ことで、心に傷を負いながらも現実と折り合っていかなければならないというマルティの内面を見せる演技ができたと思います。
ヴィクラント・マイシー アモール役
被害者を助ける活動をしながらもその一徹さに被害者ですらちょっと引いてしまうようなアモール役。デビュー作は【Lootera】(2013)でランヴィール・シンの相棒役。前半のみの役でしたがなかなか良かったため印象に残っていました。その後あまり出演作は多くなかったのですが、とうとう良い役をつかみました。
【Chhapaak】
インド映画の特殊メイク技術のレベルの高さを見たい人、アシッド・アタックの実態を知りたい人、ディーピカーの気合いが入りつつもユルさを交えた役作りを見たい人、おすすめです。